外資系の歴史と現状

日本における外資系の歴史、それは意外にも江戸時代にまでさかのぼります。その歴史をおさらいしておきます。そして現在の外資系の状況とは?

江戸時代に進出してきた外資系会社

江戸時代に外資系?と驚かれるかと思いますが、お話しすればな〜るほどと納得されることでしょう。それは1860年初頭に、あの有名なグラバーが「ジャーディン・マセソン商会」という香港に本拠を置く会社の代理人としてやってきたことに始まります。グラバーは長崎を拠点に坂本龍馬らと取引をし、長州藩は1865年同商会から軍艦ユニオン号を購入し、戊辰戦争を戦っています。

 

「ジャーディン・マセソン商会」本体も後に横浜に支店を開設しています。その跡地は横浜の港近くにあるシルクセンターになっています。同商会は日本に進出した外資系会社の第1号です。ちなみに「ジャーディン・マセソン商会」は現在も大きな会社として香港を中心に世界中にその輪を広げています。

戦前からあった外資系

おそらく多くの人は戦前に多くの外資系が進出してきていたことをご存じないかもしれません。ところが意外なほど多くの外資系が進出してきていました。ネスレの前身であるネスレ・アングロ・スイス煉乳会社は1913年横浜に日本支店を開設しています。その他IBM、そして残念ながら最近日本から撤退してしまったフォード自動車などが古くから日本に進出してきています。

第二次世界大戦後多くの外資系が日本進出

日本が太平洋戦争に負けた後、日本はアメリカ軍を中心とした連合軍に占領されました。そのとき真っ先に進出してきたのがコカ・コーラです。コカ・コーラは第二次世界大戦中にアメリカ軍の士気を高めるために、アメリカ軍とともに行動を共にしていました。すなわち、アメリカ軍が行くところにコカコーラありです。

 

終戦後、真っ先に日本へやってきたコカ・コーラはアメリカ軍の基地内に工場を設立しました。そして、それが基地の外まで徐々に販路を広げていきました。これが日本における戦後の外資系1号です。コカ・コーラが来ればペプシコーラが来る。そして、ジェネラルフードも戦後華々しく宣伝活動を開始しています。その他NCR、合弁ですが住友スリーエムなどなど。その後バンドエイドで有名になったジョンソン・エンド・ジョンソン社、マックスファクターなどの医薬品や化粧品会社もやってきました。

 

戦後の外資系でひときわ目立ったのは外国の航空会社です。今はなきパンパシフィック航空、通称パンナムやキャセイパシフィック、エアインディア等です。

 

この時代は戦後の第1次外資系進出ブームです(進出時期の順番はは正確ではありません)。

IT時代の始まりとファーストフード時代の幕開け

1980年代に入るとマイクロソフトの台頭とともに、やがてコンピューターが個人で使われ出し、それに伴いIT時代の幕開けです。このころ多くのIT関連企業がやってきています。 テキサス・インスツルメンツや日本マイクロソフト株式会社も設立されました。と同時にマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどファーストフード関連企業も次々とやってきました。

最近の外資系の動向

最近は不採算部門を外国の会社へ切り売りする日本の会社が増えてきています。そのために日本企業を買収して進出してくる外資系が増えています。例えば、シャープ。そして、今、話題になっている東芝は半導体メモリ事業を売却することを決定しています。そのために、ある日、突然、自分が働いている会社が外資系になってしまうかもしれません。有名企業がどんどん外資系になる状況は、日本人としてはとても残念なことです。

外資系の主な出身国

最後に、現在、日本に進出してきている外資系の出身国はどこの国が一番多いのかまとめました。まず、アメリカ出身の会社が全体の25%を締めて1位。2位はドイツ、3位が中国。それにオランダ、イギリスそしてフランスと続きます。
また、業種は1位が卸売業、2位がサービス業。3位が情報通信業。金融・保険業がそれに続きます。外資系の主な所在地は1位が東京都、2位が神奈川県。そして大阪府が続きます。